GDPという名の、でかい定規
資本主義の世界には、成長と衰退しかないらしい。
らしい、というのは、誰かがそう言ったからだ。
誰かというのは、だいたいテレビに出てくる偉そうな人か、
グラフを指さしながら眉間にシワを寄せる人である。
その世界では、ニンゲンは全員、労働力だ。
人格ではない。
生活でもない。
数字を動かすための、ちょっと温かい部品だ。
そこへ突然、
GDP
という、やたらとでかい定規が出てくる。
この定規、測る対象を選ばない。
パンも測るし、戦争も測る。
森林破壊も測るし、過労死も、なぜか測る。
数字が増えたら「成長」。
減ったら「危機」。
なんだそれ。
投資家が笑って、生産が増えて、地球が死ぬ
投資家の金が動いてGDPが増えた。
ほう。
で、誰が幸せになったのか。
生産量を増やしてGDPが増えた。
ほう。
で、地球は回復したのか。
しない。
地球は商品じゃない。
だが、この世界では、
商品じゃないものほど、
雑に扱われる。
壊れるまで使って、
壊れたら「想定外でした」と言う。
それを、
経済活動
と呼ぶらしい。
アホくさい。
不安製造工場としての社会
面白いのは、
ここまで無理をしているのに、
人はみんな不安まみれだということだ。
働け。
成長しろ。
競争しろ。
置いていかれるな。
でも安心はしない。
むしろ不安は増える。
不安を消すために働いて、
働くことで不安が増える。
永久機関かよ。
ニコラ・テスラもびっくりだわ。
きまぐれロボットと、きまぐれなニンゲン
星新一の『きまぐれロボット』を思い出す。
命令を忠実に守るロボット。
だが、どこかズレている。
ズレているが、命令通りだ。
いまのニンゲンも似ている。
「GDPを上げろ」
「経済を回せ」
「成長し続けろ」
命令に従って、
やりたくもない仕事をやり、
別に欲しくもないものを作り、
それを「当たり前」だと思い込む。
疑問は悪。
空気を読め。
考えるな。
その結果、
頭が腐る。
鎖としての借金
そしてニンゲンは、
社会の歯車になると、
今度は借金という鎖に繋がれる。
家のため。
車のため。
学歴のため。
「普通の人生」のため。
気がつけば、
逃げないための理由を
自分で一生懸命集めている。
しかもそれを、
「正しいこと」
だと、ますます信じる。
働く。
借りる。
縛られる。
不安になる。
また働く。
きれいな円だ。
完璧な負のループだ。
誰も強制していない、
という顔をして。
それが大人だという無表情な顔をして。
いちばんの問題
いちばんの問題は、
この仕組みがひどいことじゃない。
疑ったことがない人間が大半なことだ。
定規を当てられているのに、
「なぜこの定規なのか?」
と考えない。
測られているのに、
「測る必要ある?」
と聞かない。
自分で思考しないから、
世界が自分を使っていることに気づかない。
週休2日に人生を満喫する。
結論みたいなもの
成長と衰退しかない世界は、
人間の住む場所じゃない。
GDPという物差しは、
便利だけど、
人間用じゃない。
それでも多くのニンゲンは、
今日も真面目に、
その定規に身体を当て続ける。
借金の鎖を引きずりながら。
壊れるまで。
それが正しいかどうかを、
一度も考えずに。
……ほんと、
アホくさすぎる。