士農工商、逆さまの国で
おばあちゃんの茶の間にブラックロックが座っている件について
昔の日本には、士農工商という身分の並びがあったらしい。
武士がいて、農民がいて、職人がいて、商人がいた。
今どきこんな話をすると、
「封建的だ」
「差別だ」
と怒られるのだが、
今日は倫理の話ではない。構造の話だ。
あれは身分制度というより、
生活のどこに重心が置かれていたか
を示す並びだった。
農が真ん中にあった国
士農工商の「農」は、真ん中だ。
農とは何か。
米を作ること。
水を引くこと。
季節を読むこと。
腹を満たすこと。
つまり、
人が生きるための中心だった。
だから農があった。
農があるから、職人がいて、
職人がいるから、商いが生まれ、
それらを守るために士がいた。
少なくとも構造としては、
生活が真ん中にあった。
それが、いつの間にかこうなった
いまの日本を、
士農工商で書き直すと、こうなる。
金融
↓
商
↓
工
↓
農
↓
士(自治・政治)
完全に逆だ。
いや、逆どころか、
一番上に農でも士でもなく、
ブラックロックが座っている。
おばあちゃんの茶の間に、金融が入り込む違和感
田舎のおばあちゃんの家を想像してほしい。
こたつ。
急須。
煎餅。
昼のワイドショー。
そこへ突然、
「ブラックロックがー!」
「ビットコインETF承認間近!」
「FRBが利下げを示唆!」
……おかしい。
気持ち悪い。
そんな話、茶の間に要るか?
本来そこにあるべき会話は、
「米がうまいね」
「今年は暑かったね」
「足、冷えない?」
そういう話だ。
バビロンとは何か
バビロンとは、
金融が人の生活にまで口を出す構造のことだ。
- 米の値段より為替
- 体調より株価
- 生活よりGDP
本来いちばん遠くにあるはずの金融が、
いちばん近くまで侵入してくる。
だから気持ち悪い。
距離感が壊れている。
バビロン逆さまとは何か
バビロン逆さまとは、
金融を追い出すことではない。
元の席に戻すことだ。
- 農(生活)が真ん中
- 工(技術)が支える
- 商(流通)は控えめ
- 士(政治)は裏方
- 金融は……廊下で待つ
これでいい。
金融は便利だ。
だが、茶の間に上がるな。
マイナポイントOSは、茶の間に鍵をかける
マイナ生活ポイントOSがやっているのは、
たった一つ。
「生活の部屋に、金融を入れない」
- 投機は外
- 生活は内
- 米・水・医療・交通は静かに守る
ブラックロックは廊下で話せ。
ビットコインETFは居間に来るな。
おばあちゃんは、
安心してお茶を飲んでいればいい。
日本は、もともとそういう国だった
日本は、世界を相手に殴り合う国じゃない。
- 田んぼがあり
- 水があり
- 共同体があり
- 茶の間がある国だ。
GDPが低くても、
茶の間が落ち着いていれば、それでいい。
結論:士農工商は、思想ではなく「配置」だった
士農工商は、
誰が偉いかの話ではない。
何を中心に置くかの話だ。
バビロン逆さまとは、
日本の茶の間に、
余計な神を入れないこと。
おばあちゃんが、
静かにくつろげる国。
それが、
本当に強い国だと思う。